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 侵攻の記録         



 山口県萩市から室津半島を結んだ線上には点々と足跡のごとく神社群が連なっています。
 その連なりは明らかに他所の連なりとは趣きを異にしており、圧倒的に数が多いのが特徴です。
 それを神武東征(通称)の物語や、土井ヶ浜遺跡などの出土品とを合わせて考えますと、
 この点々と連なる神社群は古代(神代)の侵攻の記録として置いたのではないかと推察します。
 敵国の侵攻経路を神社によって大地に記録したものです。

 攻め込んで来る敵としては、守りの強固な北九州付近から侵入するのは無駄が多いことをわかっていたのでしょう。
 日本は海に囲まれている国柄、海戦に強いですから、敵としては海戦には持ち込まずに守りの弱い部分から攻め込み、
 内地深く入り込んで、まさかの中国山地を越えて陸戦の戦法をとっていることがうかがえます。

 こうした実情を見まして、あれこれ推察するよりも先ずそれらの記録(神社群)を巡拝してみて
 分析したうえで結果論を出そうと思います。これだけの数があるのですから、分析にも年月を要します。
 今のところ十年計画でデータを収集して分析結果を出すつもりです。


 では先ず敵の侵入地点と思われる萩市を見て、それから足跡をたどってみることにします。




 萩市には中洲を取り囲むかのごとく五社が存在しています。
 敵は侵入を始める際に自然の堀のある中洲を奪って拠点にしたらしく、
 各地の侵攻地点には中洲や小島を拠点にしている共通した部分があります。

 神武東征(通称)物語の宇沙の場合を例に上げますと、山国川の中洲を奪って拠点にしたようです。
 八幡古表神社は中洲の外側にありまして、実に萩市と似通った部分があります。

 ではとりあえず、上図の萩五社から見ていくことにしましょう。
 一社ずつそれぞれのページを作りました。下のリンクからお入りください。  




  志都岐山神社        

  鶴江神明宮         

  荒神社        

  椿八幡宮           

  玉江神社           


  五社を分析してのまとめ        


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 足あとの神社群       

 足あとの神社群は位置的にわかり易いように萩市から順に番号を入れてみました。
 番号は萩五社を数に入れて下の写真のように振ってみました。
 十年計画で全社寺参詣取材するつもりです。   
 萩市側から順に参詣すればいいのですが、私の都合上、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの
 ランダムな参詣取材になります。順番の途中から始めることにします。
 下のリンクからお入りください。  



 13 徳地町御所野 河内神社     

 14 徳地町串 現降八幡宮       

 15 高瀬  河内神社      番外 巣山 賀茂大明神         

 16 大崩河内 河内神社       

 18 須々万 飛龍八幡宮     

 19 柏山 河内神社       

 20 大藤谷 大明神        

 21 周南市 熊毛神社        

 22 小周防 有飯八幡宮      

 23 小周防 高尾神社           

 24 束荷 束荷神社        

 25 塩田 石城神社         

 28 田布施 八幡八幡宮          


 番号は一応の目安です。増減する可能性があります。    


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