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 侵攻の記録 足あとの神社群

 第13番  御所野河内神社
山口市徳地町御所野

 北緯 34度12分35.2秒
 東経 131度41分21.7秒
 精度 +− 5m

 参詣・撮影 2012年10月













蕎麦(そば)の花です。





神社への道
この橋の所で御所野川と茂知木川とが合流します。



こちらは御所野川です。





合流地点です。向こう側から茂知木川、
こちらの左方向から御所野川が合流しています。
合流地点に御所野河内神社があります。







御所野川の水をひいてあります。
灌漑用水などではなく、もともと神社のための手水用としてひいてあります。





境内のヒノキの巨樹が石垣を内から押し崩しそうな感じです。





この御所野近隣にはよく似た神社が数社ありまして、
防長風土注進案には三社の記載があります。

茂知木 河内大明神
深谷 客大明神
深谷 河内五社大明神

これだけしか記載がありません。
そもそも、深谷村の中心地点に御所野があるのですが、地名すら記載が無いです。
河川の条を見ますと、茂知木川は御所野で合流し、西へ下り本深谷川に合流する、
というような記載がありますから御所野の地名が無かったわけではないはずです。
この小さな神社の位が高くては都合が悪いことが多過ぎるので古記録から消されてしまった、と見ました。

この近隣には戦死した人を集めて埋めたという千人墓などがあるようです。
千人墓のくだりにはこうあります。

「前文略・昔ここにおいて合戦ありし時、戦死の人を集め埋めし墓なりと
里人言い伝えれども、よほどの年暦を経、実否を知る人なし。」


少し時間をとって、じっくりと研究取材してみたいと思いました。










境内の端から端まで大股で約四十歩の広さがありました。














矢印の山の形が大事です。
初代ヤマトにはこの形をした山がたくさんあるのです(下写真)。
クジラみたいな感じ、と言ったらいいかもしれません。










赤矢印は中国自動車道です。



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