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このホームページでは国土地理院発行の地図利用申請および確認を通しています。
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出井神社 周防大島町出井
北緯 33度52分28.2秒
東経 132度12分58.1秒
精度 +− 6m
拝礼方位 337度
最近の参詣 2012年9月
この出井神社と、隣り地域の戸田神社(上画面の左上)の方位は
拝礼方向と場所が異なるだけで、方位は、まったく同じです。
よって二社の方位線は並行して進んでいきます。
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出井神社 拝礼方位線の分析
もと小松塩田があった所です。
方位線の右側が鳴門大明神、左側が海原大明神
方位線は真ん中の住吉神社を通過しています。
大久保という所には大神宮と呼ばれているアマテラスを祭る神社があります。
大神宮は緑色マーカーの辺りになります。
Aの桃色マーカー地点 忍道の教徳寺
Bの黄色マーカー地点 小国茶臼山古墳(城山とも)山頂古墳です。
祖生です。
黄色マーカー地点に新宮大明神。
ここを指していることにより、出井神社の本来は三女神を祭る新宮大明神だったことがわかります。
神社の長い年月の経過で本来の神は脇になって、新しい菅原道真のほうが前面に出てしまったようです。
方位線は岩徳線の欽明路駅を通過しています。
錦川清流線の北河内付近です。
黄色マーカーは神社です。
画面左手に石見空港があります。
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出井神社 社殿前面方位線の分析
平郡島の東平郡、中手の入り江を通過しています。
神武遠征伝説で五瀬命(イツセノミコト)が手を洗った入り江です。
高知県です。
方位線は四国最大ともいわれている縄文宿毛貝塚を指しています。
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出井神社 社殿に向かって右手方位線の分析
出井の隣り地域の家房(かぼう)です。
黄色マーカーは須賀神社。
旧橘町です。西安下庄の所の黄色マーカーは長尾八幡宮。
方位線は長尾八幡宮の大鳥居の建っている地点(参道入り口)を通過しています。
古城の所の黄色マーカーは亀島神社です。方位線は神社の前面を通過。
旧東和町です。黄色マーカーは筏八幡宮。
方位線は御旅所(参道入り口)の所を通過しています。
氏神鼻の所を通過している方位線は戸田神社の線です。
どちらの方位線にも目標点となる神社があります。
さらに、津和地島のどちらの神社も他の方位線がクロスしていますから相当に重要な神社です。
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出井神社 社殿に向かって左手方位線の分析
室津半島の突端になる皇座山です。
方位線は白雲稲荷を通過しています。
白雲稲荷には稲荷社より高い位置で住吉神社の祠堂があります。
住吉神社の拝礼方位は皇座山の噴火口跡です。
余談ですが、白雲稲荷の南側にはふもとの大津へ下りる道があります。
白雲稲荷の社殿下から小道が下っていまして、社殿下辺りの道は今でも残っているはずです。
私が確認したのは約十数年前で、仲の良かった神社守りのお爺さんに教えられたままに
その道を下って行きますと、途中には石垣状の遺跡も見られました。
当時、道はクモの巣だらけで、表土が流されて河原のごとき石ガラ道でした。
そういう状態でしたので今は道がどうなっているかは不明です。
ふもとの大津には矢櫃神社、そして千葉(せんば)崎には千葉稲荷があります。
方位線はその大津へ下りる道に相当する稲荷下の斜面(石垣状の遺跡あり)を指していて、
参道入り口に相当すると思います。
長島の上関です。
方位線は正確に三汗観音を通過しています。
三汗観音の由来は、観音さまを掘り出す時にかいた汗を
ありがたい汗という意味で御汗(みあせ)というようになったそうです。
大分県の国東半島の突端です。
黄色マーカーは神社です。
大分県の宇佐神宮の北側になります。
この辺りは東光寺五百羅漢などの仏教寺院があります。
また横穴遺跡群も散在しています。黄色マーカーは神社です。
大分県本耶馬渓町です。
黄色矢印の所に青の洞門があります。
個人的には由来よりも、もっと古い時代に掘られていると思うのですが、思うだけです。
方位線は杷木神籠石を指しています。
この出井神社と並行線の戸田神社は高良山神籠石を指していますから、
二社の並びは神籠石をメインとする方位線であることが証明されます。
そのことは歴史的にすべて同時代であることをも意味しているのです。
神籠石遺跡は神代の時代にさかのぼる綿花を主体とした農場跡の遺跡です。
綿花であることは日本書紀に綿が飛んで来たという一節もあります。
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