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  阿多田半島 (神代のオブジェ)   2006年 1月撮影・編集    
   Camera Canon PowerShot S70   



 阿多田島への道

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 阿多田半島は戦時中の悲しい歴史を持つ所です。住民を立ち退かせて人間魚雷回天の潜水学校が建てられたり、後には少年院として使われ、半島は国の所有する場所でした。半島内に立ち入るには特別な許可が必要で、私は何度か入れてくれと頼み込んだりしてみたこともありますが叶わず、鉄柵の前で何度も悔しい思いをしました。そんな特別な場所も平成になって、ここ最近立ち入り規制が和らいできたようです。私は1月の寒いある日、とうとう徒歩で入ることができました。たぶん、半島内での写真は一部を除いて初公開だろうと思います。阿多田古墳をめざして歩いた私の見たものは、岩に刻んだ神代の一大反戦アートのオブジェでした。なぜ万葉歌人たちは麻里府を愛したのか、わかるような気がします。

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 阿多田島への道。
 ここから阿多田島を見ると、島を鳥の頭の形に見せているのがよくわかる。自然の形をうまく利用している。こうした鳥の頭はここだけに限らず、周防地域では多く見られる。
 口ばしの根もとに相当する部分Aは土盛りの土手になっており、小島とうまく連結させている。たぶん、Bの土を崩し落としてAに盛ったのだろう。Aの土手は本来、もっと高かったのだろうと思われる。この鳥の頭は唐戸水道を出て行く方向の船によくわかる設定になっている。遠くから見て初めてわかる。島のふもとではわからない。 鳥の頭は東へ向いている。

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 半島には小島の名残りが散在している。

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 このコンクリートの防波堤は戦時中のものらしい。

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 モアイ像を彷彿させるような異様とも思える巨岩。この位置から見て初めてその形になる。
 この位置から左に90度移動して少し離れて見ると、もう一人の人物がいる(内・リンク)
 石垣は戦時中のものらしい。

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 阿多田古墳直下の崖下に半ば砂に埋もれた状態で存在している奇妙な目の彫刻のある岩。
 人の手によって彫られていることは一目瞭然である。「砂」が大事な意味を持っている。

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 阿多田島。 長年の間、人の立ち入りを受け入れなかったため手付かずで残っているのは良いが、肝心な道が無い。この崖の上の辺りに古墳はあるのだが、見てのとおり、藪を刈り払って道をつくらないと登れない。ここまで来て悔しくも断念した。次に来ることがあったら、その時は木こり鎌を持参しようと思った。

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 阿多田島のふもとに巨大な岩を見つけたが、辺り一面、野バラのトゲが被いかぶさって近付けない。ここまで近付くのにトゲで衣服はボロボロになった。つくづく鎌を持って来ればよかったと後悔した。この巨石を戎ヶ下菅原神社は指している。   

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 よーく見ると・・・・・。      

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 歌ヶ小島。 だいぶ土採りに使われた形跡があるものの、往古の面影はまだ残っている。二羽の向かい合った鳥の頭である。矢印の部分は高さ約3メートル程度の岩盤を掘り割って分割させている。この島のふもとには防空壕がたくさん在るので、その時の作業と思われてしまう嫌いが残るも、戦時中にこんなシャレた余裕は無かったろう。
 下の図は、同じ写真をわかりやすいように線でなぞってみたものである。鳥の頭は、かろうじて原型をとどめている。くれぐれも、近くで見たのではただの採石場の小山でしかない。距離を置いて見て初めてわかる。



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 阿多田半島から見た平生湾(麻里府ノ浦)。唐戸水道への進入方向を示す鳥の頭が見える。使ったカメラが望遠ではなかったので、これで精一杯だった。矢印の部分に鳥の頭がある。
 下の写真は同一線上にある平生町宇佐木からその鳥の頭を撮影したもの。水道の進行方向を見ている。すなわち、この鳥は巨大な水先案内鳥なのである。



 この鳥は唐戸水道の東西どちらから進入しても進行方向を向いている。この鳥の向いている方向に進んで行けば、唐戸水道の中でまようことはない。

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世界に通じる鳥達
 鳥の頭は唐戸水道のなかだけでなく、水道の外でも水先案内をしている。



 唐戸水道東側の鳥。 向いている方向は唐戸水道。 

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 唐戸水道西側の鳥。 向いている方向は唐戸水道。 

 こうした鳥の頭は周防だけに限らず、九州の「宮地ヶ嶽神社」の山も、鳥の頭だったと記憶しています。これらの鳥は飛鳥の語源に迫るものです。

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 ・・・・・・・・・・番外編・・・・・・・・・・



 歌ヶ小島の真下には多くの防空壕が今もなお残っている。万葉のロマンは、これらの防空壕に掻き消されてしまうだろう。防空壕を歴史の証しとして保存する運動も起きていると聞く。万葉と両立させるには、あまりにという気がした。万葉ロマンが防空壕の上に乗っかっているのである。それほどたくさんの防空壕がある。もしかして、推測だが、最初から開いていた穴?(古墳・洞穴・等)を利用したのかとも推測する。

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 阿多田島のふもとにある防空壕。 万葉のロマンを追い求めて分け入った先がこれである。
 鳥のくちばしの土盛り土手の所にある。この周囲には小さな防空壕が所狭しと並んでいる。

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 神花山を突きぬいて造った防空壕。

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