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石城山 神籠石 2
いわきさん こうごいし
北水門から北門
西水門から北水門への道中です。
画面の向こう側が西方向です。
列石は小さく貧弱で、連結も雑な感じがあります。
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北水門の西側列石の接続
北水門に近い所の列石です。
列石の規模は北水門に近づくにつれだいぶ大きくなってきました。
下の写真も同じ場所から北水門を見おろして撮影。
画面手前右の列石は、20度〜25度の急降下をしています。
上画面の遠方に見えているのが北水門です。
水門に対する列石の接続を計測してみたところ、下の写真、黄線のようになりました。
列石は北水門・西側の石垣に接続していたと見ることができます。
すなわち北水門の石垣は神籠石の列石と同類であり、当時の築造であると見ることができます。
しかし、中世の仏教坊舎の建築によって、本来の地形を造成されています。
列石が途中で切れて無くなっている辺りを見ますと、上の写真で
地形を改変されていると見れる所は、いちばん上の段です。
本来は段は無く、傾斜地を列石が 約 20〜25度の傾斜角度で石垣に接続していたと見ます。
だから上の段の所で列石が途切れています。亀石の所には列石はありません。
中世の坊舎建築のために造成されたのです。
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いちばん上の段にある通称・亀石と呼ばれている石です。
ほぼ列石線に位置していますが、列石は、この石の手前数メートルの所で切れています。
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いちばん上の造成段から見おろした北水門です。
順に降りながら見ていきましょう。
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中腹で撮影。
エル字形の右側(西側)の石垣(水門)が先に築造されますが、
先に見てきた西水門の欠点と共通した弱点を持っています。
そうした弱点を補う形で築造されたのが左側(東側)の石垣です。
その証拠に排水口が備わっています。
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石垣の上を見てください。盛土が凄いでしょう。
本来は溜池だった所を埋めて坊舎を建てたのです。
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下まで降りました。
地面が田んぼのようになっているのは、イノシシがミミズを掘り出して食べた痕です。
まあ、よくこれほど掘ったものだと、イノシシを田に放てば耕運機は要らないかと(笑)
今の時代でさえ、こうですから、昔にはもっとひどく荒らされたことでしょう。
だから害獣除けの柵が必要だったのです。
柵の下には潜り込めないように石を埋め、害獣の侵入を防ぎました。
それが今の神籠石と呼ばれる列石群なのです。
さて、北水門はエル字形で、東側と西側にあることは先述しました。
こちらの西側の石垣は、東側と比較して少し雑な造りです。
石城山に四か所ある水門の築造順を推定してみますと、
先ず西水門 ⇒ 北水門の西側 ⇒ 北水門の東側 ⇒ 東水門 の順になります。
南水門は一部しか見えていないので何とも言えません。
築造順を推定できる根拠は、水門の欠陥点を見ればわかります。
最初に造った西水門は、欠点が多く、順に改良していったのです。
そうしたことを暗示しているかのように西から東へ行くにつれ石積みは美しくなります。
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N 33度 59分 22.7
E 132度 02分 11.9
位置精度 + - 9m
下写真の位置で計測
北水門の東側石垣です。
こちらには水抜きの排水口がありますが、西側の石垣にはありません。
つまり、盛土に含まれた水を排出してやれば、石垣の崩落は防げます。
先に見て来た西水門と、北水門の西側石垣には排水口が設けてありません。
そのことは、水門は改良されながら西から東へ築造されていったことを意味しています。
北水門・東側に備わっている排水口。
この中はどうなっているのかは、下図です。
図の上側が北水門。
図の下側は東水門。
図は旧・大和町史より引用しました。
排水溝の構造にも、北と東では進化が見られます
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北水門・東側列石の接続
北水門の東側から見おろしています。
画面の左側に列石が水門へ向けて急降下しています。
列石降下の最大傾斜角は 38度です。
北水門の東側列石の接続を横から見た写真です。
矢印の所まで列石が来ており、いつの時代か道を造ったために切れています。
この道を、左の段々へ登らずに、まっすぐ進んで行くと、石城神社の参道へ出ます。
背後方向は、ふもとの佐田から登って来た道ですから、いつの時代にか
ふもとの佐田から石城神社に参拝するために造成した道でしょう。
列石の降下角度に合わせて線をひいてみますと、ピタリ合いました。
本来の列石はこの線で並べられていたと考えられます。
水門側に降りて見上げた写真です。
列石は信じられないほどの急降下&急上昇をしています。
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L形・北水門の全容
北水門の東側から全域を見た写真です。
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北水門・西側の石垣です。
なにかの対策が必要です。
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北水門・東側の石垣、東西の接続部です。
推察するに、中世の坊舎建築のために溜池を埋めたことにより、
接続部を鉄砲水が流れて崩落させてしまった、と見ました。
今も清水が流れ下っています(下写真)。
この清水は、石城神社の下から湧き出ています。
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北水門・東側の上部です。本来は溜池だったと推察する所です。
このヒノキは早く伐採しないと石垣を押し崩します。
地主との兼ね合いもあろうかとは思いますが、早く伐採したほうがいいです。
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北水門から北門へ
列石が延々と繋がり、実に美しいです。
列石上部は (下写真) 約 20度の傾斜角度をつけた平面仕上げです。
引っ掛け加工はしてありません
この辺の石厚は約 30センチぐらいです。
石の板という感じ。
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北水門から北門への途中にある龍石。大きいのでカメラに入りきりません。
目測高、約 5〜6メートルぐらいで、東向きに口を開けています。
先に載せた龍尾石が尾で、これが龍の頭部になります。
石の傾斜角度は水平から約 60度の傾きで天空を見ています。
この傾斜角度は他の遺跡と共通しており、その遺跡を並べてみますと、
波野行者山頂の人顔石、岩戸八幡宮の岩戸石、光市小周防の有飯八幡宮のご神体石、等々。
それらは共通した傾斜角度で立っています。さらに遠方には岡山県の楯築弥生墳丘墓の立石があります。
前から見たら口を開けているのがよくわかります。
画面の左側を列石が通っています。
龍石の位置
N 33度 59分 20.3
E 132度 02分 16.0
位置精度 + - 10m
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北門に近くなるにつれ列石線は美しく揃っています。
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北門
北門の全容。
こちらはふもとの佐田からの出入り口になります。
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門として大きいというほどではなく、まさに人が出入りする程度の規模です。
画面向こうに列石が約 20度の上昇角度で昇っています。
画面の真ん中の山は高日ヶ峰です。
つまり、この北門は高日ヶ峰の頂上直下に位置しています。
北門の位置
N 33度 59分 18.2
E 132度 02分 17.9
位置精度 + - 5m
北 0度基準です。
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北門の石垣です。
この地面の下はどうなっているのかは掘ってみないと不明です。
いちおう発掘調査のトレンチの跡はありますが、浅いトレンチです。
石城山・神籠石 3 東水門 に続きます
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