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ギザピラミッドと森大三角のスターシャフトとの関連性
翔泳社発行・創世の守護神(上) P-69 「シャフトの謎」 より引用。
この(シャフトの)特徴は大ピラミッドだけに存在し、古代エジプトの建築様式としては特異なものだ。
それは狭いシャフトで、エジプト学者たちは「通気口」と呼んでいる。シャフトは王の間の北壁と南壁、
女王の間の北壁と南壁から、それぞれピラミッドの外に向かって続いている。四本のシャフトの口径は、
平均で23×22センチ、長さは24メートル(女王の間の北壁)から、65メートル(王の間の北壁)までと
さまざまだ。それぞれピラミッドの水平面からは傾斜しており、その角度は32度28分(王の間の北壁)
から45度14分(王の間の南壁)まである。シャフトはピラミッドが高くなるのに合わせて構築されているが
(ピラミッドが完成されてからドリルで穴が開けられたのでない)、この工事には、非常に複雑で洗練
された工学と測量技術が使用されている。
あらゆる疑念は女王の間のシャフトを調べることで払拭される。王の間のシャフトと異なり、女王の間の
シャフトは、ピラミッドの外につながっていない。また、部屋の壁にも開口部はない。ピラミッドの建設者は、
二つのシャフトの最後のブロックの12センチ分を、切り取らずに残しているのだ。したがってシャフトの存在は、
侵入者にはわからないようになっている。だが1872年に、英国のエンジニア、ウェインマン・ディクソンが
鉄のノミを使って、このシャフトを発見した。秘密結社フリーメーソンの会員だった彼は、王の間のシャフトに
興味をそそられ、似たようなシャフトが女王の間にもないか調べたのだった。
著者 グラハム・ハンコック氏とロバート・ボーバル氏に感謝します。
また、発行元である翔泳社さんに感謝します。
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このページでは、ギザピラミッドに存在している通称スターシャフトが、
森大三角とどうつながっているかを調べてみたいと思います。
まず、森大三角の中心地点は榊八幡宮の由来にありますように「西方の海辺」です。
ギザピラミッドに当てはめると、そこが女王の間に相当します。
そこからスターシャフトと同じ上昇角度で線を出してみます。
なお、女王の間のシャフトの上昇角度は北壁と南壁とでほとんど同じです。
そのことは、東側から見ても西側から見ても、どちらから見ても同じになります。
森大三角にシャフトを再現してみますと、上の図のようになりました。
榊八幡宮の主祭神は古来より比淘蜷_(ひめおおかみ)であることが
由来板にもありますように、女王の間という通称名はその呼び方で
合っていると思います。また、合わせて仁徳天皇も祭神です。
シャフト線をさらに伸ばしていきますと、日本書紀の「広瀬竜田の神」のページで説明した
広瀬の寄江神社を通過します。寄江神社は清流のほとりにあるほんとに小さな神社です。
私が初めてそこへ参詣取材した時には、あまりにも小規模で信じられなかったほどです。
大きくても小さくても歴史には無関係であるということを実感しました。
津和野です。鉛筆の黒線を見てください。
シャフト線である赤ラインの北側にオレンジ色のマーカーを打っていますが、
その神社を通過している方位線の多いこと。歴史上、意味のある神社だと思います。
最終的に須佐の高山(こうやま)です。そこには磁石石と呼ばれている磁場があります。
測量には磁石がなくてはならないことは言うまでもありません。ここから採掘したかどうかは
不明ですが、もしかしたら、磁場を作れるほどの技術を持っていたのでは?と考えたりもします。
高山の由来も、落雷によって磁場ができたのだろうという説もあります。
ここまで見てきたのは南壁シャフトです。
次に、こんどは逆方向の北壁シャフトのラインを見てみましょう。
砂漠を意識しています。
次にこんどは王の間の南壁シャフトを見てみましょう。
女王の間と王の間とには少しズレがあります。それを森大三角にあてはめますと、
女王の間は西方の海辺(神山ピラミッドが整列して見える地点)になりますから、王の間は
真宮島になります。今の道の駅の所に突き出た島がありますが、そこが真宮島です。
そこから線を出せばいいです。王の間の南壁シャフトは45度4分で上昇しています。
女王の間のシャフトが榊八幡宮を指していたのに対して、王の間のシャフトは
二つの寺院(グリーンマーカーの部分)が指標点になっています。
二鹿(ふたしか)には世界トップの高品位のタングステン鉱山跡があります。
廃坑になる時に世界から鉱山を買い取りたいという要望があったと聞きます。
シャフト線はその二鹿鉱山跡を指しています。もし、銅の鉱石が目的であるなら、
二鹿鉱山よりも良い鉱山はほかに多くあります。二鹿鉱山跡を正確に指して
いるところを見ますと、古代人たちはタングステンを知っていた、としか考えられません。
タングステンの鉱脈は紫外線を照射すると美しく光り輝くことから、地下の天の川
ともいわれています。たしか、エジプトの王墓の壁画にサーチライトのような物を
照らしている壁画があったと思います。そのサーチライトこそ紫外線を照射して
灰重石(かいじゅうせき)、つまり、タングステンの鉱脈を探している絵なのではないでしょうか?
タングステンは弾丸や切削機械の刃などに使われており、極めて硬い鉱物です。
古代人がタングステンを使っていたからこそ、ピラミッドやオベリスクの石を切削することができたのでしょう。
青矢印は寄江神社です。
追加する予定です。
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